2014年1月5日日曜日

おそまきながら、これが仙台雑煮。特大のお椀で量もたっぷり。

新年の乾杯したあと、おせちをつまむ間もなく、雑煮の用意。私の分のお節、食べないでよーと焦りながらのお雑煮作り
もう少しきれいに盛りたいけれど、五人分のあんこ餅と、お雑煮をひとりで用意するのは大変。
雑煮の中には、解凍した(大根人参牛蒡いもがら凍み豆腐)がたっぷりと、鶏肉、半煮えのイクラ、餅、せりと蒲鉾をのせる。様々な素材が絡み合って、複雑な味がたまりません。中どんぶりくらいのお椀で、汁も残さず飲んでしまいます。
食後はお腹が苦しくてぐったりしてしまい、しばらく動けません。

2014年1月4日土曜日

東京駅から、また高島屋「野田岩」に行こうとしたら駅伝にぶつかった

ゴールは大手町なんですね、ここ日本橋高島屋の前はびっしり人の垣根。「うなぎ」食べにきたのにーー。

あとで新聞をみたら、日体大とか早稲田とかが、ちょうど走っている所のようでした。歓声がわーっと沸いて興奮します。
まったく偶然、仙台から帰ってきて、ナマ駅伝に遭遇しました。
いつもなら、まだ炬燵でごろごろテレビの駅伝を見ている3日ですが、暮れ正月と母の世話やら家族の食事やらにすっかり疲れてしまい、早々に母を仙台に送って行った帰りでした。
大学駅伝って、大変な人気なんですね。沿道は黒山の人だかりです。テレビでは、トップやその周辺に注目が行きますが、実際には走っている選手はみな等しく素晴らしくて、大歓声で応援してしまいます。
それにしても、選手は速い。きたきた!と思う間もなく、ぴゅっと通り過ぎて行っちゃいました。

2014年1月3日金曜日

二日は、仙台港方面からの日の出を拝んだ

右側は山形方面で、蔵王連峰がうっすら望めます。望洋とした眺めです。
洗濯物を干すため、母の部屋のベランダにでたらちょうど日の出でした。目出度いなー。
2日の午後に、息子たちは帰り、私も母を仙台まで送っていくことにしました。山にいそいそ出かける中高年も約一名。
家の中は、一時的に空っぽ。せっかちというか、じっとしていられない家族というか。母は年々できないことが多くなって、
まあそれでも、何とか1人で暮らしていますが・・・・。寺岡の母の老人ホームに行って、皆さんにご挨拶して1泊し、3日にドタバタと帰ってきました。仙台駅の構内で、ひっくり返って口から泡みたいのを垂らしている男性と家族、駅員さんや、ホームでも倒れてしまった若い女性と家族、駅員さんを見ました。
なんでそんなにひっくり返るかなー。

2014年1月1日水曜日

あけましておめでとうございます

松島の、ホテル「宇風土」の露天風呂からの日の出。料理がピカ一のホテルです。
2014年を、無事迎えることができて本当にありがたいと、年々思います。
この一年を、大切にすごすよう努力しなくては。元旦早朝から仕事ででかけた次男が戻ったら、家族でお節とお雑煮、
あんこもちをいただきます。ちょっと今、お腹が、ペコペコかも。

2013年12月31日火曜日

今年は、お隣の土地問題に追いかけられた年後半でした

千両でしょうか、万両でしょうか、その辺から摘んできました。葉ぼたん、梅、松は東急ストアで購入。
人生にはこんな時期もあるのか、身辺が騒がしく落ち着かなかった年後半。
それも、後で考えればば必要なことかもしれないし、少々あきらめの心境でした。来年は本来の仕事人生に戻って、
静かに暮らすのが夢です。皆さま、来年もどうぞよろしく。
皆さまに、HAPPYなことがたくさん起こる2014年になりますよう!

2013年12月30日月曜日

予定通り、母をホカクして、ご褒美に高島屋「野田岩」でうなぎを食す

無事87歳の母を上野で車内ゲット。高島屋にきて千總の着物(1000万円)と盆栽の前でやれやれ。
暮れの東京都心は、混んでいる場所と空いている場所が、極端です。
まず、夜の六本木がガラガラ、渋谷も車が少ない。反して、東京駅のホームは混雑の極みです。デパートの地下もめちゃくちゃな人出、鶏肉売り場は列ができている。レストランも混んでますが、洋服フロアとか他はガラ空きです。やはり暮れ正月は、普段ばらばらに暮らしている家族も集まってくることが多く、いろいろ食料が必要になります。新鮮なものを準備するためにも、どうしても30,31日あたりに買い物に行かざるを得ないんです。
さて私も、上野駅から新幹線に乗り込んで、しっかり切符を握っている母をgetしました。
これから三日まで、家族奉仕に明け暮れる私に、自分の時間はほぼありません。南無南無・・・・。

2013年12月29日日曜日

暮れも押し迫って突然送られてきた一冊の雑誌

相変わらず端正なつげさんの字です。新年号の「芸術新潮」の特集なんてすごい、もうデビューして60年でしたか。
すっかり市井の仙人というか、都市生活に埋もれた一生活者のようなつげ義春さんですが。
突然、つげさんからの紙袋。「はて、なんだろか???」とあけてびっくり。芸術新潮ときたもんだ・・・・。
ざっと読んで、すぐ電話すると暗い暗ーい声でご本人が登場。あの声を聞いたら、みなさんびびると思います。
つげさんの話によると、この雑誌、完売続出なんだそうです、またしても驚き。じゃ、電話とか反響が色々あったでしょうと聞くと、いえそれはありません、また今まで通りひっそり暮らしていくだけです、という相変わらずの様子です。生活のために仕方なく引き受けたけど、忘れ去られていたい、といういつも通りの仙人ぶりでした。来年は、弟さんの個展でお会いできるといいですね。